プロフィール
伝統の音色を、もっと身近に。講師のこれまでの歩みと、教室に込めた想いをご紹介します。
簑口 安夜野
KASIHU かしゆ
箏
箏曲 生田流 師範 雅名:歌紫友 6歳6月6日より箏の手ほどきを受け現在に至ります。 地歌古曲から現代曲まで幅広く、勉強をしております。丁寧にお伝えいたします。 洗足学院音楽大学現代邦楽研究所18期修了
沖縄民謡三線
屋良流 沖縄民謡 吉栄会 埼玉県支部長 吉栄会箏曲部部長 野村流古典音楽・屋良流沖縄民謡吉栄会 家元 屋良常雄 先生に師事 吉栄会民謡部 屋良流コンクールにて新人賞 優秀賞 最高賞 準教師 取得 屋良流の民謡を箏に編曲等行っています。 家元指導により短箏にワイヤーを張ったこと屋良流かに絃琴を研究中 吉栄会屋良流かに絃琴教師取得
音楽劇団R329所属
2022年、東風平高根の声かけにより立ち上げ。玉城まさゆき、田所ヨシユキ、シーサー玉城、片山エリー、井上智資、石井咲初期メンバーに加えて、2025年から永田伊織、萩野萌、仲濱美海、小山美香、簑口安夜野が参加。ますます充実の演劇集団です。
その他
ユーラシア大陸をバックパッカーにて旅をし世界中の民族音楽に触れる。 防災士・消防設備士および消防設備点検資格者1種2種の資格を取得しております。 埼玉県川口市・さいたま市を拠点に活動中
ストーリー
小学校の入学式、満開の桜の下で集合写真を撮りました。後ろの列に並ぶ母の隣には、家から歩いて3分の同級生のお母さんがいらして、その方は箏の先生されていました。 母が高校生のとき、寮に入っていたらしく、いつも箏の音が聞こえており、箏の音は美しくとても憧れていたとのことです。 小学生の私は、箏がどのようなものか知りませんでした。母の勧めで私は6歳の6月6日に箏の手ほどきを受けました。古くから6歳の6月6日が芸事では縁起が良いとされています。 初めて仕事に就いたとき、一生懸命に突き進みました。職場は神田で、電車通勤であたりを見回して見ると、私には笑顔すら垣間見えませんでした。ひとの顔が暗く見えたのです。今ならわかりますけどね。そのとき、海外の人々はどう思っているのだろうと考えることもありました。 はじめは、ニュージーランドにワーキングホリデーにあこがれていました。ある日、お昼ご飯をご一緒していた営業先のお客様から、このような話をされました。「バックパッカーというのがあってね、世界中をリュック一つで回るんだ。いろいろな世界が見れる。ある時、日本人らしき人とすれ違うと、自分の時間を守るために、『私は中国人です』と言って去っていくんだよ。」そのお客様は、どうしてその時にそのような話をしてくださったのか、今でも不思議に思います。でもその話を聞いて、私は涙があふれてきました。 ある時、高校の後輩から食事会の誘いがあり、私と同席した同学年は1人でした。話はもりあがりました。同級生の彼女の話を聞いていると、海外でバックパッカーをすることを考えていたが、一緒に行くはずだった相方が行けなくなったということ。これは導かれているのかなと思い、一緒に行くことにしました。 訪れたのは:ベトナム・ラオス・タイ・カンボジア・ミャンマー・インド・トルコ・ギリシャ・エジプト・スロベニア・モルディブ・ウィーン・ドイツ・ブルガリア・クロアチア・スロベニア・チェコ・フランス・スペイン 旅先で、個性の強い、素晴らしい仲間に出会えた。何よりも、旅で時間を共有できた友人には、深くの感謝をしています。 私はその頃、自分に何ができるのだろうと自問自答していました。そして、箏の師範を目指す決心をしました。 私は洗足学園音楽大学のプログラム現代邦楽研究所で箏以外のいろいろな知識を勉強させていただきました。一番印象的なのは、地歌が仏教音楽声明からきているとのことです。 旅先で知り合った大阪の友人と沖縄で会うことになりました。 現代邦楽研究所の授業で、琉球箏曲について触れておりましたのでとても興味があり、琉球箏曲を探しました。しかし、その情報は表には出ていませんでした。 三線の音をぜひ聞きたいと思い、屋良三線屋さんを訪ねたところ、その店はまるで三線の博物館のようでした。 連絡もせず、飛び込んでいった私は「三線を聞かせてください」とお願いをしました。。 突然にもかかわらず、屋良常雄先生は気さくに対応してくださいました。先生の楽器の音色は新鮮で耳障りが良く、テクニックや間が素晴らしかったです。何よりも、先生のお人柄が本当に素晴らしいと思いました。 屋良先生がお話されたことわすれられません。「私の親先生は普久原朝喜先生で、縁があって弟子になった。縁ってあるからな。自分ももっと練習しなければならない」とおっしゃっていました。まだその時は普久原朝喜先生のことは知りませんでした。 屋良流沖縄民謡吉栄会三代目家元屋良常雄先生との出会いです。 その後、箏に精一杯取り組んでいた私でしたが、屋良常雄先生の三線の音色や人柄が脳裏からわすれられず、3年悩んだ末、先生の元に入門を希望しました。 先生のご指導は信頼ができ厳しくある時は優しく、私を導いてくださいます。
